2008年01月05日

文章を書くのが嫌な理由を考えてみる(1)

仕様書なりプロセス定義書(?)なりエンジニア(プログラマ)が作成するのに敬遠する文書がある。
こんな事[ 記事]を以前書いているが、やっぱり書くのは面倒くさいし、なかなか書く気に気持ちがならない。

なんでかな?と思うと文書書くのが自分のためじゃないからじゃなかろうか? と思っている。
後で自分で見返すときあるじゃーん!と突っ込まれるかもしれないが、少なくともコード書いているときや仕事をまわしている時点では文書が必要ない。コードだったら頭や紙片で考えをまとめてコードにおとせば良いし、プロセスだったら実際動く人に直接教えればよいだけだ。その方が今起きている課題には速攻で取り組めるから。

その方が今起きている課題には速攻で取り組めるから。

↑コレ。この考え方が駄目なんじゃなかろうか。文書が必要になるのはこの後だ。誰かに引き継いだり、仕様説明したり、プロセスだったら想定していなかった問題が勃発した時などだ。この時の被害者は大体において自分ではない。(そもそも自分で何故こうしたんだ?とか悩む分には自業自得だし)

そして、上記の事件が起きた後に文書化しようとするとスゲー苦痛。一度、仕様書書きながらコード書くのと、コード書いた後に仕様書を書いた2ケースを自分で比較した事あるけど、後者の方が圧倒的に面倒。思い出すのも苦痛だし、既に現存しているもの(=コード)を何でまた違う形とはいえ書かなきゃならんのだ、という気持ちになってくる。

つまり、

『コードだったら頭や紙片で考えをまとめて』コードにおとせば良いし、『プロセスだったら実際動く人に直接教えればよい』だけだ。

『』を行っている時点で、文書と言う成果物に落とし込まないと後で苦痛になるわけだ。だが、そう簡単に文書を書ければ苦労はしない。

というところで、眠くなってきたので次回へ続く。

タグ:仕事
posted by MINE at 01:33 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | edit
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