何だかクリスマスにふさわしくないタイトルですが・・・。
最近、リソース管理というかタスク管理というかそういうものにも関わっている。
まぁ、一番は仕事が溢れたときに「溢れたー」と騒いでいるだけでなく、具体的な数値をもって上に報告と折衝ができるように、きちんとPDCAをまわしつつデータ(実績)を採取する土台を作る狙いだ。本当は切羽詰っているんだけど。
しかし、これが非常に難しい。なんせ個人レベルはさておき、複数人で関わる仕事に対して真面目にやるのは初めてだ。とりあえず、各自のタスクを集約し、計画を積み上げ何とかガントチャートを作ってみた(ガントチャートで計画立ててもソフトウェアで役立つのかは、イマイチ自信がもてないが)。しかし今日、上と話していてふと気付いたのだ。そもそも求めているものが違うことに。
今日、タスクの妥当性について話した。その際に感じた差は、以下の感じである。
作業者:己がタスクを進められるの粒度で書いている
↑
差
↓
管理者:これ以上分割不能な粒度、且つ可能な限り正確な数値で書いて欲しい
管理者が言っていることは基本的に正しいと思う。「己が作業を進められる粒度」で分割されても、他人が作業や進捗を正確に把握できるものでなければ、わざわざ他人にタスクを公開する必要が無い。
例えば、作業者は開発上不明な事を調べる時間を調査として工数として積み上げる。「分からないこと」なので、作業者としては高い精度で工数を積めないので、どんぶり勘定になる。「調査」のようなタスクで何日もとる、と。
管理者としてはそんな訳の分からない項目や数値では困るので、きちんと何を調査するか分けて、目標期日を明確にしろと言う。ごもっともだ。
目標があれば、作業を進めていき目標に対してフィードバックを行っていく事で、どんどん精度が良くなっていくと。ごもっともだ。
つまり、今までろくすっぽ複数人の管理をやってこなかった組織から、いきなりタスクのPDCAがまわっている状態になれという話だ。
これに、非常に困っている。もともとマネジメントに関心が高い人はそれでもいい。そうではなく、現状リソースが溢れていて仕事がまわらなくなってきているので参加している人が、要求レベルが高すぎて(一個人としては高くないと思っているが)、関心を失ってきているのだ。リソースの融通等の果実を得るには、代償が高すぎると。
勿論、上は更に上と話すためにも武器(データ)が必要なので求める背景は分かるし、言っている事も間違ってはいないと思う。ただ、果実が遠くにあると思わせてしまうと、正しい事だとしても前進する力が出てこないように思う。
posted by MINE at 02:29
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徒然草
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